死んだが自分だけは助かつた。その後、素子が手もとへ引取つて自活の道を与へてやり、娘は美容術を習ひ、美容院の助手となつたが、自活できるやうになり素子の手もとを離れると、岡本とよりを戻した。
岡本には外にも多くの女があつた。その多くは弟子の娘達だつたが、慰藉料とか、子供の養育費とか、その支払ひに応じぬために暴力団に強迫されて、女への支払ひの外に余分の金をゆすられたこともあつた。
その娘は家を追はれて衣食に窮し自殺をはかつたが、岡本に金銭的な要求をしたことがなかつた。岡本はそこにつけこんだのであるが、つけこまれた女にも消極的にそれを欲した意味があると谷村は断じた。そのとき谷村はかう思つた。金銭は愛憎の境界線で、金銭を要求しないといふことは未練があるといふ意味だ、と。この谷村の考へに、素子は自分の意見を述べなかつた。素子は自分に親しい人をそこまで汚く考へるのが厭な様子に見受けられたが、又一面には、人間の心の奥をそこまで考へてみたことがなかつたやうにも見えたのである。
然し、谷村はそれに就てもかう考へた。素子が自分の意見を述べないのは、実は人間の心に就て、又愛憎の実相に就て、谷村以上にその
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