人は良家からとついだ人で、その持物に高価な品が多いことを素子なども知つてゐたが、岡本の放埒とそして零落の後は、別してそれを死守するやうな様子があつた。
 岡本はその品物からダイヤの指環や真珠の何とか七八点を持ちだして、これを大木といふ男に一万五千円で売つた。夫人はこれに気付いたが、売つたことを信用せず、新しい女にやつたと思ひこんでゐる。そして女のもとへ挨ぢこむ見幕であるが、あいにく今度の女といふのが人妻で、女の良人に知れただけでも単なる痴情でをさまらぬ意味があるのだと云ふのである。そこで品物を大木から買ひ戻して貰へまいかと云ふのだが、岡本には金がないので一時たてかへて欲しい、自分の有金はこれだけだからこれに不足の分をたして、と、懐から三千円を掴みだして、これを素子に差出した。
 話の桁が違ひすぎてゐた。谷村は親ゆづりの小金のおかげで勤めにもでず暮してゐたが、身体さへ人並なら働きにでゝ余分の金が欲しいと思ふほどであり、きりつめた趣味生活の入費を差引くと、余分の贅沢はできなかつた。谷村が人の頼みに応じ得る金額は微々たるもので、岡本がそれを知らない筈はなかつた。桁の違ひが突飛だから、拒絶の口
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