かつた。けれども、素子の場合は、と谷村は思ふ、岡本に同情してはゐないといふ直感があり、それを疑る気持がなかつた。
それにも拘らず、なぜ? まさか本当に俺を憎んでゐるのではないだらう、と谷村は考へる。まア、いゝさ。今に分るときがくるだらう、と谷村は思つた。
谷村は身体の調子が又ひとしきり弱くなつてきたやうに感じた。そして、さういふ変調のかすかなきざしから、肉体の衰弱よりも、肉体の衰亡を考へるやうになつてゐた。すると必ず素子にひそかな憎しみを燃やすやうになつてゐた。それは素子の肉体に対する嫉妬であらうと谷村は思つた。そして、嫉妬する自分も、嫉妬せられる素子も、ともどもに悲しいさだめなのだと思ふ。だが、近頃は、自分が悲しいのは分る。然し、なんで素子が悲しいさだめであるものか、と疑りだす。俺も我がまゝになつたものだなと谷村は思ふが、なぜ我がまゝでいけないのか、我がまゝでいゝではないか、と吐きだすやうに思ふやうにもなつてゐた。
★
それから三月ほど岡本は顔を見せなかつた。その三月のうちに、谷村は例の季節の病気をやつた。
岡本の用件は突飛すぎるものだつた。
岡本夫
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