せびられるのが厭で、そのお金を出したくないのも事実でせう。そして、あなた御自身の問題といへば、そのことではありませんか。お金が惜しいなら、惜しいと仰有るがよろしいのです。厭なら厭と仰有るだけでよろしいのです。それをさしおいて、先生の弱点をあばく必要がありますか。それは卑怯といふものです」
なるほど、その通りに違ひはない、と谷村は思つた。然し、それは谷村の自覚の上では軽微なものにすぎなかつた。
別の生々しい思念が彼の頭に渦巻いてゐた。それは、なぜ素子は蛙の代弁をしなければならなかつたか、といふことだつた。
なぜなら、こゝに明白な一事は、素子は蛙の代弁をしながら、蛙に同情してをらず、むしろ谷村以上の悪意と嫌悪を蛙によせてゐるからであつた。芸術家然とをさまるときの岡本のチョビ髭はゾッとするほど厭だと言つた。又、岡本の顔の穴は卑しいと言つた。その言葉には顔をそむけしめる実感があり、単純な毒気があつた。
女の観察はあらゆる時に毒気の上に組み立てられてをり、そのくせ同時に十八の娘のやうに甘い夢想もあるのであつた。毒気は同情の障碍《しょうがい》となり得ず、愛情の障碍とすらなり得ぬのかも知れな
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