つて私が屡々《しばしば》表明し得た最大の抗弁と批難は、それは月並だよといふ言葉でした。そこには私の堪へきれぬ最大の意味が含まれてゐたのでしたが、それを激して語る術もなかつたので、女は恐らく最も屡々聞きなれた言葉の真意を聞き逃してしまつたらうと思はれます。
私は色魔ですと臆面もなく言ひきることの厭味や卑屈さに堪へきれぬ私は、結局それにこだはることも多いわけで、彼女等にそれを言はれた瞬間の苦痛や怒りが、想像の中に於てもやや生々しい現実味を覚えさせられるほどであります。映画の中の主人公は占師の敵意の視線を浴びたときに毛筋ほどその表情を動かすこともなかつたのですが、そのことがこの印象を一層濁つた重苦しいものにするのでした。
同じ場合を私自身に当てはめて想像して、私はこのやうに無表情でありうるでせうか。ありうるかも知れません。恐らくむしろありうることが一層確かな予想だらうと思はれます。
然しながら無表情であり得た場合を想像しても、軽微な犯跡を隠し得たときのわづかな快味すら感じ得ぬばかりか、恐らく内心の動揺と顔面の不動との均合ひの悪さのために、無表情の裏面に於て私は更に加重された苦痛をなめね
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