つてゐました。なぜなら彼女にそのことを言はれることが甚だ苦痛であつたからです。私と「生きてゐるモレア」の場合のみではないでせう。己れの愛のみの永遠を信じそして自分の場合のみの男の特殊な愛情を信じはじめた女性の前では、その愛人であるところの恐らくすべての理知人が同一の科白を各々の様式によつて表明し、あるひは表明したい意慾だけは持つでせう。
 私は然し自ら私は色魔ですと名乗ることの卑屈さに堪へがたいのも事実です。そして自らの卑屈さをいやしむ結果、その卑屈さを強ひるかに見えるところの世間、そして現にその世間の唯一にして全ての化身であるところの愛人に向つて、たゞそれだけの内攻から唐突に怒りを燃やし、また一場の気分としては絶縁を迫りたくもなるほどでした。愛情の最頂点に於て私は最も卑屈たらざるを得ないゆゑ、また愛情の最頂点に於て私は甚だ軽卒な気分に駆られて愛人を冒涜し軽蔑に耽ることを常とした記憶があります。
 紅毛人の習慣に馴れない私は本来言葉のもつ誇大性や断定性に多くの場合堪へがたいので、心中に無数の言葉を蔵してゐても、おほむねそれを語らずに終ることが多いのです。かつて暫しの生活を共にした女に向
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