うに乱暴な原因によつて惹き起される無数の悲劇はもとより涙には価せず、恐らく茶番に終らざるを得ないでせう。私は茶番の退屈さには堪えられません。
 私とて然し自然の声によつて何事か永遠を希はずにゐられないひとときの思ひもあるのです。さういふ声の泌《し》みるがやうな自然さに逢ふと、私もつひに本能的な恐怖をもつて、私の裡の世間を怖れるのであります。
 十八歳の私は白眼道人なにがしの妻女の言葉に冷然としてええと応じることもできたのですが、今日もなほそのやうに冷静に応じうるや否やは分かりません。恐らく応じ得ないでせう。なぜなら私は私自身の真実を信じ所信を愛すこと十八年代の比ではないが、また世間の虚偽の真実よりも甚しい真実さを余りに身をもつて知るところの悲しむべき世間人でもあるからであります。
 あの映画の中に於てもさうでした。男はその愛人に向つて私は色魔ですと言つてゐました。饒舌を性とする白人に比し言葉の無意味と退屈を感じることに慣れてゐる我々日本人の常として、私も亦もとより鼻につく厭味を犯してまで私の愛人に向つて私は色魔ですと殊更言を弄した覚えはありません。けれども私は言ひたかつた。そして心に言
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