界で、ワイルドに気分的な敗北を感じ、不安にみちびかれてゐたやうです。あるときワイルドはジイドの唇を指して、なんといふ毒々しく堅く結んだ唇だらう。まるで私は決して嘘をつきませんとしよつちう言ひ張つてゐるやうだと憎たいをつきました。私はそれを書いてゐるジイドの文章を読んだとき、さう言ふワイルドの面影が躍るやうな目覚ましさで浮かんだやうに思ひましたが、それも実はその文章の行間にひそむところのジイドの反感と軽蔑をまぜた失笑のせゐにほかならぬやうに思ひ直したのです。実際に当つて文章にさういふニュアンスがあつたものか、私の生活態度や視覚の方向がさういふことを勝手に捏造して感じたがる傾向にあつたものか、ちよつと判断がつきかねます。
ジイドはワイルドが出獄後の別人の如く恐怖を知り内面的な地獄に堕ちた姿も書いてゐるのですが、ワイルドの様な姿に向けられたジイドの多少の共感と愛情自体が、いはばそれも復讐の結果のやうに思はれたのです。然しながらその時すら、やつぱり敗北してゐるのはひとりのジイドだけであつたと思はずにゐられなかつたのでした。ワイルドは内面的な地獄に堕ちても、その堕ち方が、畢竟するにやつぱり傍若
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