な一現象に異常な意味をもたせるやうな幼稚な臭味をまぬかれてゐません。それゆゑ彼の自殺は、その内容の悲痛さにも拘らず、外見は鼻持ちならぬ衒気を漂はしてしまつたのです。これは恐らく時代の罪だと思ひます。あのころの時代の好みが自殺なぞといふことの行為自体に超人的な深さをもつた意味を持たせてゐたのでせう。コクトオですらさういふ時代の魔力からぬけだすことができてゐません。レエモン・ラディゲの「オルヂェル伯爵の舞踏会」の序文などはいささかやりきれない思ひなしでは読めないものです。
 時代の相違でありませうが、牧野信一の自殺には芥川の自殺の外見が示したやうな幼稚な衒気がありません。これは恐らく時代の好みがさうであり、牧野信一がさういふ好みに敏感だつたせゐだらうと思ひます。そして自殺の外貌に幼稚な臭気がなかつたばかりで、人々は(すくなくとも私の周囲の多くの人は)自殺の内容まで牧野信一の場合の方が芥川のそれよりも悲痛なものだと思ひがちでありました。私はまつたく反対であります。
 牧野信一の自殺の原因としては、失意、女、敗北感、貧乏、病気等々あげられませう。然しながら芥川龍之介の場合のやうに知性の極北のも
前へ 次へ
全32ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング