今芥川龍之介の自殺は日本に於て(世界に於てでも同じことです)稀れな悲劇的な内容をもつた自殺だと思ふやうになつてゐます。彼の文学はその博識にたよりがちなものでしたが、博識は元来教室からも得られますし、十年も読書に耽ければ一通りは身につくものです。然し教養はさういふわけに行きません。まづ自らの祖国と血と伝統に立脚した誠実無類な生活と内省がなくて教養は育たぬものです。半分ぐらゐは天分も必要でせう。芥川は晩年に至つてはじめて自らの教養の欠如に気付いたのだと思はれます。すくなくとも晩年に於てはじめてボードレエルの伝統を知りまたコクトオの伝統を知つたやうです。その伝統が彼のものではないことを知つたのでせう。彼は自分に伝統がないこと、なによりも誠実な生活がなかつたことに気付かずにゐられなかつたと思ひます。彼の聡明さをもつてすれば、その内省が甚だ悲痛な深さをもつてゐることを想像せずにゐられません。彼は祖国の伝統からもまた自らの生活からもはぐれてしまつた孤独の思ひや敗北感と戦つて改めて起き直るためにあらゆる努力をしたやうです。一農民の平凡な生活に接してもそこに誠実があるばかりに、彼はひとりとり残された孤
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