真実の価値は恐らく理知の至高のものが変形したただ一片の感傷でありリリスムなのですが)ある日なにがしといふ農民作家が芥川龍之介を訪ねてきて、自作の原稿を示しました。その前にちかごろは農村も暮しにくいので人間もずるくなる一方だといふ話などしてゐるのです。芥川がその原稿を読んでみると、まだ若い農民夫婦に子供が生れたが、この貧乏に生れたひとつの生命が育つてみても結局育つ不幸ばかりがあるだけだといふ考から、子供を殺す話が書いてあるのです。暗さに堪へきれぬ思ひのした芥川が、いつたいこんなことが実際農村にあるのかねと訊ねました。あるね、俺がしたのですと農民作家が答えました。そして芥川が返答に窮してゐると、あんたは悪いことだと思ふかねと重ねて彼は反問したのです。芥川はその場にまとまつた思想を思ひつくことができず要するに話は中途半端に終つたのですが、農民作家が立ち去ると彼の心にただひとり突き放された孤独の思ひが流れてきました。そして彼はなんといふこともなく二階へ上つて、窓から路を眺めたのですが、青葉を通した路の上に農民作家の姿はもはやなかつたさうです。この断片の内容はさういふ意味のものでした。
私は昨
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