とせずに読んだふりをしてゐたやうな冷淡きはまる態度であつた記憶があります。
 芥川龍之介の芸術についていくらか違つた考をもちだしたのは漸く三年このかたでせうか。すでに私が変つてゐました。ある日葛巻の病床を見舞ふと、彼は芥川全集普及版の第九巻を持ちだしてきて、ただ断片とある二三頁の文章を示し、読んでみないかとすすめたのです。その文章を読んで以来、芥川に対する私の認識は歴然と変つたやうです。この断片もさうですが、だいたいが普及版の第九巻には主として死後に発見された断片の類が集められてゐて、彼の小説の大部分には依然愛情のもてない私も、この一巻に収められたいくつかの文章のみは凡らく地上の文章の最も高度のいくつかであらうと信じてゐます。この年の一月終りのことですが、一物もたづさへずに東京をでて、京都嵐山の隠岐《おき》和一の別宅にまづ落付いて以来、一切の読書に感興を失つた私が然し葛巻に乞ふてこの一巻のみ送りとどけてもらひました。その後宇野浩二氏から牧野信一全集をいただいたのが、下洛このかた約一年のうち私のふれた他人の文学のすべてであります。
 この断片の内容をかいつまんで申しますと(然しこの断片の
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