静かさの中にむしろ彼等の狂者の部分を感じ易い癖があります。いはば静かさの内蔵する均斉の意志の重さを苦痛に感じ、その裏にある不均斉の危なさにいくらか冷や冷やするのです。その当然の逆として、もともと不均斉を露出した人々には危なさの感じがありません。
私は生前の芥川龍之介に面識はなかつたのですが、その甥の葛巻義敏と学友で、「言葉」それから「青い馬」の二つの同人雑誌をだした時は芥川龍之介の書斎が私達の編輯の徹夜のための書斎でした。
私は芥川の芸術を殆んど愛してゐませんでした。今日とて彼の残した大部分の作品に概ね愛着を持ち得ないのは同じですが、あのころのことを思ふと然し余程意味は違つてゐるのです。そのことにはふれますまい。とにかく彼の芸術に微塵も愛情をもち得なかつた私は血気と、野望に富んだ多感な文学青年であつたにも拘らず、当時なほ自殺の記憶の生々しかつたこの高名な小説家の書斎に坐して、殆んど感慨がなかつたばかりか、むしろ敵意を感じる程度のものでした。彼の死体があつた場所で葛巻が当時のことを語るのも感興なしに聞き過してゐたやうですし、そのころぽつぽつ発見された遺稿の類を示されても終りまで読まう
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