た均斉は一朝にして無残に崩れ恰も芋を洗ふやうな形々々の混乱が突然脳味噌の全面積に場所を占めて足掻いてゐます。そして脳味噌の所有者は恰も直接私達の苦痛から発したやうな血涙をこめた悲鳴をあげて七転八倒するでせう。然しながらこのやうに明瞭な画面を描いて私の漠然とした感じの世界に論理を与へ、かつ限定を与へることはいけないのです。これはひとつの方便であります。
 私は別に黄檗山万福寺を訪ふたびにその材木や甃《いしだたみ》や壁に隠元の血の香をかいでゐるわけではありません。むしろ直接の現実としては殆んどまつたくそのやうなことがないと言はねばならないのです。ここの食堂《じきどう》はこの寺の大部の伽藍と同様に国宝ですが、恐らく曾《かつ》てはこの場所で隠元豆を食べたであらう彼などを甚だ想像しやすいのは、私自身が例外なしにその目的によつてのみしかこの寺を訪れることがないせゐでせうか。
 理知人は却々《なかなか》に狂者たりえぬものであります。恐らく彼等は元来がすでに性格の一部に於て天賦の狂者でもあるからでせう。生来狂者と常人を二つながら具へてゐると申しませうか。今更発狂もしにくいやうです。
 私は理知人のもつ
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