勉強も一年半ぐらゐしか続かなかつた。悟りの実体に就て幻滅したのである。結局少年の夢心で仏教の門をたゝき幻滅した私は、仏教の真実の深さには全くふれるところがなかつたのではないかと思ふ。つまり仏教と人間との結び目、高僧達の人間的な苦悩などに就ては殆どふれるところがなかつたもので、倶舎《くしや》だの唯識《ゆいしき》だの三論などゝいふ仏教哲学を一応知つたといふだけ、悟りなどゝいふ特別深遠なものはないといふ幻滅に達して、少年時代の夢を追ひ再び文学に逆戻りをした。とても一人前の作家などにはなれないと思つてゐたから、始めから落伍者の文学をもつて認じてゐた。ボルテールだのポオの作品、それも特に人生を茶化したやうな作品が好きで、私自身もファルス作家にならうかと考へ、モリエールだのボンマルシェなどを熱愛してをつたのである。だから私は仏教に幻滅すると、アテネ・フランセへ通つてフランス語の勉強を始めた。どうせ一人前にはなれないときめて、せめて屋根裏で首をくゝるまでのあひだファルスでも書き残しておかうといふ考へで、落伍者《ラテ》の街である巴里《パリ》にあこがれてをり、私の母もゆくゆくは私を巴里へ留学させるつもり
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