は偶然で、私はそのときまで牧野信一の小説を全然読んでゐなかつた。彼と私の愛読するものがそのころ全く同じであつたから、例へばポオ、ドン・キホーテ、ボルテール、等々、自然似た作風になつたのであらう。然し、その後、牧野信一の小説を読んで感心したが、彼の後年の作品は好きになれず、彼の中年の作が好きで、そのためによく喧嘩をした。彼に就ては、いつか小説に書いてみたいと思つてゐるから、今は多く語らない。
私は短篇小説をたつた三つ書いたゞけで一人前の文士になつてしまつたけれども、私の文学的教養は甚しく低いもので、何よりもいけないことは、文学によつて是が非でも表現しなければならないやうな問題もなく、自分自身すらもなかつた。一つの漠然たる哀愁と、功名慾があつたばかりのやうである。葛巻などは二十前後でハッキリ自分を見つめ、コクトオとラディゲの中に自分を見つめて、全身で狙ひをつけて読書してゐた。貧弱なフランス語の知識しかないくせに、あの難解なコクトオを全然誤訳なく読破してゐるので驚いたが、それらの本は手垢にまみれ綴《とじ》が切れてバラ/\になつてゐるのであつた。私は不幸にして今に至るも尚そのやうな劇しい読書
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