ですと言ふ。なるほど其後打ちとけて話してみると稀代な好人物なのである。
先日おやぢが白昼突然やつてきて「へい新聞を買ひに上りました」と云ふ。この前来たとき新聞の山を見てゐたのだ。新聞をまとめて、どつこいしよと担いで、さて一杯飲みませうと外へでて、酔つ払ひ、新聞を路上へうつちやらかして消えてしまつた。
(三)[#「(三)」は縦中横] 碁会所
昔は床屋や銭湯が町内風景の見本のやうになつてゐたが、バリカンの床屋や湯女《ゆな》のゐない銭湯には、もはや町内風景がない。僕の出入する限りでは、碁会所に一番町内風景が漂つてゐるやうである。
僕は京都で一年半「吹雪物語」を書いてゐたとき、いくらか本格的に碁を学び、自分の下宿に碁会所を開かせたりした。
そこは集るのが下手ばかりで、僕など強い方だつた。関西では碁が優勢になると「どうぢやどうぢや」と勇み立つ。ところが頽勢の方の男が一向騒がず「どうぢやは大蛇の首なしぢや」と呟いてゐるのをきいて噴きだしたことがあつた。
ところが東京へ帰つてきて、本郷三丁目の富岡といふ碁会所へ行くやうになつたら、ここでは僕が最も下手な部類であつた。この碁会所は東
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