、三人の酔つ払ひは始めて強烈な現実感を呼びさまされ、これは逃げるに如かずだと一目散に駈けだした。床屋のおやぢの速いこと、下駄を手に持つてジャングルの野獣のやうに快走した。
 翌日もその翌日も又翌日もブロンズおやぢは休業した。四日目に店を出したので、どうしたい、病気だつたのかと言ふと、御冗談でせう、貴方達が気分を出してゐるもんだから、こつちだつて黙つてゐられませんや、店を片づけると飛び出してお蔭様で三日間沈没した始末でさあと慨嘆してゐた。
 このおやぢの偉いところは、人の外見で人物を判断しないことである。銀座で似顔絵を書いてゐる通称「三平」といふ愛すべき青年がゐる。破れたブルースをきて毛髪茫々乞食か刑務所を出たばかりといふ風態だが、おやぢは一目見て三平はいい男だと言つてゐる。三平を見ると大概の客は逃げ出すのである。

 一度この店で酔つ払つてゐると、いきなり僕に喰つてかかつた奴がある。知らん顔をしてゐると何度も喰つてかゝる。見ると不良のやうだ。堪りかねて殴つた。おやぢが忽ち加勢して、僕はひとつ殴つただけだが、おやぢは十ほど殴つた。
 殴つたあとで、彼奴は人のいい男ですよ。私の仲のいい友達
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