屋と両方へ別れる。之から後が色々と珍人物の登場時間になるのである。
夕方僕の下宿を訪ねてくる姓名不詳の人物がある。女中の知らせで玄関へ出ると、これがブロンズ像である。晴着など一着して、めかしてる。
「店は休みかい」と言ふと
「へつへつへ。公休日で」と、それから吃りながら「ちよつと一杯やりませんか。どこか色つぽい所で」
ブロンズおやぢは自分の屋台へおでんを喰ひに来てくれる女給の所を、順ぐりに廻つて歩くのである。馴染の客を誘つては廻つて歩く。だから公休日が頻《しきり》につゞくのである。
このおやぢの美点は世に稀なフェミニストであることである。先天的に女をいたはる精神をもち、好色ではあるが、執拗を持たず、常に礼節を失はない。騎士道をふみ外すことがないのである。
明方三時ちかい頃、僕のほかに床屋のおやぢと弁護士が飲んでゐた。そこへ酔つ払つた女がひとり舞ひ込んできた。二十四五である。やがて店をしめる時間がきたので、女が待合で飲み直さうと言ひだした。得体の知れない女だが、酔つてゐるので床屋と弁護士と僕と三人一緒に車を走らせて湯島へ行つた。
女が待合の戸を開きだしたら、深夜に響くその音に
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