は、やまさんであつた。
 鵜殿が素早く連れてきた九州男児は故郷の遺風のやうに男色であつた。生憎元旦の酒で大いに酩酊してゐたので、一層始末が悪かつたらしい。咄嗟にかういふ悪戯を思ひついた鵜殿新一も呑気な奴だが、僕達も大いにメートルが上つて、ひとつ二人の様子を見ようではないかといふので、電話をかけてみた。鵜殿は兄貴が経営してゐる雄風館書房の店の方に寝泊りしてゐたのである。
 電話にはやまさんが息せききつて現れた。悲しい声をふりしぼつて「助けに来て下さい。殺されさうです」と言ふ。僕達は腹を抱へて噴きだした。鵜殿の店には店員も泊つてゐるから、殺伐な結果になるやうな怖れはないのである。
 罪な悪戯をしたものだが、これが利いて、その後やまさんは慎しみ深くなつた。

 僕が本郷の菊富士ホテルへ越してくると、やまさんは踊りや長唄の稽古の道順で、時々遊びに立寄つた。僕の真下に当る部屋には待鳥君が下宿してゐた。
 待鳥君は美学者だから清元も常磐津も出来る。時々三味線の爪弾きなどしてゐるから、僕のところへ遊びにくる友人は階下に美人がゐると思つて羨しがつたりしたが、焉《いずくん》ぞ知らん髯武者である。
 騙し
前へ 次へ
全10ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング