なかつたもので、即ち、負ける当然な性格だつた。
往年木村名人が覇気横溢のころ双葉山を評して、将棋は序盤に負けると勝負に負ける。序盤に位を制することが名人横綱たる技術でもあるのだから、敵の声に立ち上るのは解せない、と言つた。この心構へを名人はすでに自ら見失ひ、自ら逆に双葉山の愚に化してゐた。
元々相撲の横綱などといふものが、最も日本的な一匹の奇怪な幽霊で、その位置に上ると、もはや負けても位置が下らない、かういふ形式的な権威を設定するところに、日本的な間違ひがあつた。
現在の将棋名人戦が最も勝負の本道で、名人、チャムピオンは常に一人、挑戦され、負ければ落ちねばならぬ。常に実力のみが権威でなければならぬ。風格の名人などとは、つまり横綱の世界で、実力なくして権威たりうるから、風格によつて地位を維持する。すると人々は(日本人は)実力よりも風格を信じ、風格があるから、偉い、といふ。
日本の政治が、政治家がさうだ。文学まで、さうなのである。政治は政策が主要なもので風格など問題ではないのだけれども、日本では政治といふと人心シューラン術のやうなもので、敵と妥協し、商談して、まとめあげる手腕などが
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