い。
 私には然し名人の敗北が当然に見えた。
 名人は言つた。天命だ、と。又言つた。時代だ、と。時代の流れがあらゆる権威の否定に向つてゐる、その時代を感じてゐた、と。
「私はショーオーですよ。自分で法律をつくつて、自分がその法律にさばかれて死んだといふショーオーね、私が規則をつくつて、規則に負けた、私は持時間八時間ぢやア、指せないね。読んで読みぬくんだから。私は時間に負けた。ショーオーなんだね」
「ショーオー。僕は学がないからね。字を教へてよ。どんな字かくの?」
 倉島竹二郎がヅケヅケ言ふ。
「商業の商。オーはねオーは面倒な字だ、リッシンベンかな」
 商怏とでも書くのか。自分でつくつて、自分でやられた、つまり、ムッシュウ・ギョタンだらう。
 私は然し、名人の敗因は、名人が大人になつて、勝負師の勝負に賭ける闘魂を失つたこと、それだけだと思つた。それは「負ける性格」なのだ。闘志は技術の進歩の母胎でもあるが、木村名人の場合は、それが衰へたといふよりも、大人になつたといふこと、そつちの方がもつとひどい。
 木村名人は升田八段に三連敗した。苦しい旅行の休むまもない無理な対局であつたさうだが、なぜ
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