魔との争ひ、勝つべくもないムダな争ひ、凄惨見るに堪へざるものであつた。私は近親の臨終を見るよりも苦しかつたのだ。
 徹夜で待ちかまへてゐたニュース映画の一隊が時を移さず撮影にかゝる。ごた/\ひつくりかへる騒ぎ。名人そんなことも気がつかぬらしくひきつり、うはずつた顔、声、コマを動かしつゞける。二十分すぎて、二時四十五分、はじめて名人の顔に、つくり物ではあつたが、笑顔の一種が浮かぶことができた。
 私はもうウンザリした。村松さんを探しだして、
「一戦やりませう」
「アヽ、やりませう」
 二階へあがつた。

          ★

 新聞社のウイスキー、土居八段持参の自慢の銘酒、二〇度あるんぢや、水に一割、わつて飲む、といふ品物、あけがた、いくらか酒がまはつて、新旧名人、赤い顔、木村名人も人心地をとりもどしてゐた。
 私はたしかに名人よりも弱いのです。弱いのに、勝つちやつたから、ボンヤリして、うれしいといふ気持がうかばなかつたんです、と塚田新名人が言つた。強者が追ひこまれた時の心理上の負担は大きく、深刻だから、強者の方が自滅する、その傾きがこの名人戦にあつたであらう。木村名人弱しとは言へな
前へ 次へ
全39ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング