つぶやく。きゝとれない。
「カチガネエカ」と言つたやうだ。
塚田八段、ウウ、ウウ、頻りにうなる。ン、ウン、といふセキバラヒのやうな唸り方もする。姿勢はキチンとしてゐる。
木村名人、二十八分、六三金、これも負けずに、ウ、ウウ、ウウ、せきばらひする。
六一と。
「……ガアスコニ……ネエカ」
名人かゞみこんで考へながら呟く。又、何か、一言。又、何か。腕組みながら。
三五角。二度コマをたゝく。すると、すぐ、四六歩、これも二度たゝく。
「名人あと十分です」
「ウン」
それから、
「何分でもいゝ」
たぶん、さう呟いたのだらう。名人に最も近く坐を占めてゐるのが私なのだが、その私に、すべて、きゝとれない呟きなのである。顔に右手を当ててゐる。額に当てて、さすつてゐる。たぶん名人すでに顛倒、為しつつあることが、呟きつゝあることが、すべて自ら無自覚ではないかと思はれる様子である。
「マア、かうやつとかうか」
と、七九馬。そしてアゴを押へる。
塚田八段、セキバラヒ、かゞみこみ、自陣を見てゐたが、次に敵陣を見て、それからバタバタ一瀉千里。
三二龍、同銀、八三桂成、同王、八四銀。
同時に名人
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