シヤウガナイナ、それだけ、きこえる。
塚田八段、五二歩ナリ(一分)
名人腕を組み、サウカと呟いて、そのまゝ口をあけてゐる。塚田八段、タオルをとつて鼻の下をゴシゴシこすり、私をチラと見て、便所へ立つた。すると名人、盤にかゞみこんで、
「どうもいけねえこと(ショウブ)した」
と呟いたが、コト、ショウブ、よくきゝとれない。眼鏡を外して、タオルを顔に当て、目のところを抑へてゐる。頸をふく。
塚田八段、便所から戻り、この時分から、決然たる色がハッキリ顔にきざまれたのである。そして、どうにでもしてくれといふやうに、腕を組み、からだをよぢらせてゐる。
木村名人アクビ。又タオルをとり、顔をふき手をふき、アーと言ひ、つゞいて何かつぶやく。ボーイがあついコーヒーを運んできたが、冷えきつたお茶の方をとりあげて飲み、ウウーンと唸り、タバコの箱をとりあげたがカラだから、
「タバコはないか」
倉島君がタバコを渡す。
「名人あと三十分です」
かすかに、うなづく。
ドウモ……何かつぶやく、きゝとれぬ。坐り直す。又、呟く。
「名人、あと二十分です」かすかに、ウン。
何か、つぶやく。きゝとれぬ。又、何か
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