の姿態がぐらりとゆれて右に傾いた。骨のない軟骨だけのからだのやうにグニャ/\とゆれて、
「それまで」
 グニャ/\のまゝ、コマをつかんでパラリと落した。一秒の沈黙も苦痛の如くに、すぐ語をつけたして、
「五四歩がいけない。こゝへ金を打つんだつた」
「どこ?」
「こゝ。六四」
 それまで、と駒を投じた名人の声は、少し遠く坐を占めた人にはきこえなかつたのぢやなからうか。グニャ/\くづれる肉体のキシム音、かすかな、それ自体グニャ/\したやうな音だつた。その時、二時二十四分。
 こゝをかう指すべきであつた、こゝがいけない、かう指して、かうきたら、かう、名人、喋りまくる。どこから出てくる声だらう。日本紙をハリつけたやうな声だ。かすれて、ひきつり、ひからび、ザラザラし、喉よりも奥から出てくる音ぢやない。すぐ喉のあたりで間に合せに製造してゐる声で、喋りまくらなければいけないのだらう。声がとぎれなくとも、時々フッと、諦めきれない泣き顔になる。どうしていゝのか、自然にからだが、グニャ/\くづれて、へこみ崩れしぼむのを、ともかく、押へてゐる様子であつた。
 指した手のおさらひだから、塚田八段、このお喋りにと
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