て、口をあけてゐる。今度は記録員から、
「先生、相撲のケンリ、どうなつてますか」
「ケンリ? いゝや、ケンリなんて」
 やゝあつて、
「僕はケンリなんか、あつたつて、行かないよ。千代山や強いのが休んでるから」
 それからキチンと坐り直して、タバコを握つてゐたが、ふと、ひとりごと、
「負けちやア、しやうがないね」
 よく聞きとれない。それから膝をくづして、目をつぶつて、タバコをくはへてゐたが、便所へ立つ。戻つてきて、廊下から、
「君、ヌルマユを貰つてきてくれないか」
「ハ?」
「ヌ・ル・マ・ユ。少しね」
 と大きな声。そして隣室へ。薬をのんだのである。そして休憩になつた。正六時。一同立つ。
 倉島君と私がふと対局室へもどつてみると、部屋の隅に人が一人ねてゐる。仰向けに長くのび、目をとぢ、額に手をくんでゐる。塚田八段であつた。
「気分が悪い? 薬があるよ」
 倉島君が言ひかけると、起き上つて、
「いえ、薬はいりません」
 ふらふら、モーロー、食堂へ歩き去つた。
「薬つて、何の薬だい?」と私がきく。
「いや、君の薬だよ。気の毒だからな。あれを飲ませたら、と思つたんだ」
 私の薬といふのはヒロ
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