山麓
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)びる/\
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 あの頃私は疲れてゐた。遠い山麓の信夫の家で疲れた古い手を眺めてゐた、あの頃。
 山麓の一人の女、信夫の奥さんと顔をあはせる。さうすると、ひつそりした山麓の空気が私の鼻先の部分だけ小さくびる/\と震え、そこに出来た小つちやな真空の中へ冷めたい花粉が溢れてきて、空気の隙間をとほり、私の耳の周りをもや/\して、こまつちやくれた秋風となつて、私の額へ癇癪と考へ深い皺を刻み消え失せていつてしまふ。私は自分の疲れを掌へ載せてみて、当惑した顔を顰め、重さのない爽やかな日が再び私にあるのかと思ひつゞけた。
 信夫には健康とアイヌ族の鼻髭があつた。
 信夫は毎日狩猟に行く。鉛色の鈍い重たい空。エアデ
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