これつぱちか出ないんだわと、また膝へ載せて、奇麗な鳥だわ、それにちつとも怖くないのねと男の顔を媚るやうに見上げた。
「怖いものか。生きてゐるより、よつぽど無邪気に見えるぢやないか」
「ほんとうに、さうね……」
 女は、満足した溜息のやうな微笑を浮かべて、深い黄昏の奥を眺めた。
 私はその日が暮れ落ちて大きな夜が迫つてから、変に乾いた感じのする紙屑のやうな映像が顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》にこびりついてしやうがなかつた。男の背中から取り出されたまるみのある柔かい音、そして、生きてゐるより無邪気ぢやないかといふ黄昏の中の鼻髭、私はその言葉の中に異様なそして身にせまる同感を味はひ、侘びしすぎる同感の底で死んだ鳥の多彩な羽毛を目に泛べてそれを綺麗だと思つた。そして指のまたの凝血を拭ふ女の花車な指つきを感じた。
 その夜、私は、いつか健康を取戻した日、私も二連銃を肩にかけて、荒涼とした山麓をひそやかに通りたいと思ひつゞけた。



底本:「坂口安吾全集 01」筑摩書房
   1999(平成11)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「東洋大学新聞 第一〇一号」東洋大学
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