よ。ほれ、例の山の神の行者お加久ですよ」
「人殺しの……」
「イエ、人殺しの方は、どうやらお加久に罪はなさそうです。あんまりうるさいから、今日にも釈放のつもりですが」
 数日前に、農家の甚兵衛方で娘殺し事件が起った。キ印の娘ヤス子(当年十八歳)を一室に監禁し、食事を与えずチョウチャクして死に至らしめたという事件である。一家の者が心を合せて謀殺の疑いがあったが、これに山の神の行者お加久が一枚加わっている。ヤス子に憑いている狐を落してやると云って、十日間も泊りこんで祈った。ヤス子に食事を与えなかったのも、後手にいましめてチョウチャクしたのも、狐を落すためというお加久の指金《さしがね》だったという町の噂であった。
「ところが取り調べてみると、どうやら、そうじゃないんですよ。お加久の所業と見せかけて罪をまぬがれようという甚兵衛一家の深い企みがあるのです。お加久は体よく利用されたにすぎないようです。どうも、邪教を利用して殺人罪をまぬがれようという奴がいるのですから、正気の人間はとにかく役者がさすがに一枚上ですよ」
 署長はイマイマしげに説明した。すると小野がふと気がついたらしい様子で、
「不二男
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