ヤミをやり、ヤミの仲間と時にはよからぬカセギをもくろむようなこともあって、警察沙汰になることが重なったのである。
その度に被害を蒙るのは平作で、示談だと云って金をとられ、ヤミでは自分の作物を盗んで売られ、重ね重ねの損失の上に肩身のせまい思いをしなければならぬ。けれども世間は平作に同情どころか、
「ノータリンの作男でもタダで雇えやしまいし、一人前に成人した長男にヨメもとらせずタダを幸いコキ使うから、こうなるのさ」と批評はつめたい。
平作はかねてこの世評に腹を立てているところへ、署長が不二男君にヨメを、と云ったものだから、面白くない。
「あんな奴のヨメになる女がいるものですかい。なりたいという女があれば、色キチガイさね」
腹立ちまぎれに、百年の仇敵を呪うようなことを呟いた。
と、そのとき平作は警察の奥から賑やかな音が起っているのに気がついた。
「ナム妙法蓮華経。ナム妙法蓮華経。ナム妙法蓮華経。ナム妙法……」
まるで滝の音のようにキリもなく湧き起るお題目の声。女の声だが、必死の気魄がみなぎっている。
「あれは何ですか。警察の中と違いますか」
署長は苦笑して、
「朝から夜中までです
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