のドシャ降りに突き放すのも気の毒だから、今夜だけは馬小屋へ泊めてやろう。お前ら、表へでろ。ウチへ上りこもうなんて、ふとい奴らだ。お情けに今夜だけは馬小屋へ泊めてやるから、ワラをかぶって寝てろ」
平作はお加久と兵頭を馬小屋へ連れこんだ。
もともと平作がなぜお加久をわが家へ連れこむ気持になったかというと、不二男の性根を直そうという考えじゃなくて、甚兵衛のウチで起った事件にヒントを得たせいなのである。
不二男がお加久の信者になったときいて、こいつはシメタと考えた。
平作は新興宗教なぞに特に関心はもたないから、教祖だの行者なぞというものを、ただの人間、むしろウジムシと考えている。易者はお客を妄者とよぶそうだが、その易者も自身の未来が占えずシガない暮しを立てているとこは、妄者以下、ウジムシじゃないか。ウジムシの神通力なぞバカバカしくて考えることもできない。
けれども世間にはウジムシ以下のバカが存在することも確かで、たとえばウジムシの信者になるバカがいる。こういうバカに対して、ウジムシが一応の神通力があるのも確かである。
「信者は教祖の意のままになるものだ。お加久に鼻グスリをかがせ、不二男を思うようにあやつらせて、できることなら一思いに……」
甚兵衛は自分たちも手を下したからロケンしたが、万事神サマの神通力にまかせてしまえばロケンする筈がないと考えた。
こう考えてお加久をわが家へ招く気持になったのであるが、不二男の信心が警察をあざむく手段で、帰宅の途中まんまと平作もだしぬかれてズラかられてしまったから、平作は怒り心頭に発してお加久を咒ったのである。
けれども、また平作の心が変った。不二男にああいう悪い女や仲間がいては、いよいよ早々と不二男を片づけてしまう必要がある。平作の頭には小野の言葉がしみついていた。
「いまに血の雨が降らねばよいが……」
あの疑り深い刑事でも、ヒサのことでは血の雨が降りそうだと考えているのである。
「こいつは、利用できるぞ。ヒサのことで不二男が殺されたと見せかけさえすれば……」
新しい考えが平作の頭にうかんだのである。
平作はお加久と兵頭を馬小屋へ連れこんでワラの上へ坐らせた。平作はチョウチンをマンナカに立てて、二人をジッと見つめて、
「お加久はさすがに相当な行者と見えて、不二男についた死神とメス狐が見えるらしいな」
「見えるとも。憑かれた人間には影がたちこめているものだ。狐の鳴く声もきこえる」
「なんだ。影や声しか見たり聞いたりできないのか。オレには不二男についてる死神もメスの狐もハッキリ姿が見える。死神もメスの狐も不二男の背にしがみついて、両手を首にまき両足を腰にからみつけて藤のツルのようにシッカリしがみついている。死神の奴が右肩から、メス狐の奴が左肩から、不二男の顔をマンナカにまるで顔だけ三ツある化け物のようだが、身体は一ツで、何百年も年を経た藤ヅルのようにくいこんで一体となり、とても放す見込みがない」
「イエ、オレが法力で落してみせる」
「キサマ、影ぐらいしか見えないくせに、大きなことを云うな。オレにはチャンと見えているのだが、それでもどうすることもできないのだぞ。こう執念深くガッチリくいこんでしまっては、もう普通では落すことができないものだ。ヤ。待て、待て」
平作は袖でチョウチンの火を隠すようにしながら、ジイッと聞き耳をたてていたが、
「フン。どうやら、ソラ耳であったらしい。死神や狐は疑り深いから、近所で相談していると、すぐカンづいて、足しのばせて立ち聞きにくるのだ。大声をたてると悟られるから、お前らモッと前の方へ寄ってこい。チョウチンの火があるとグアイが悪いから、火を消すが、お前ら片手をだせ。めいめいの片手を握りあって、心を合せて相談しよう。こうしないと、死神や狐が間へはさまって立ち聞きされてしまう。いいか」平作は左手でお加久の片手をとり、右手で兵頭の片手をとった。
「お前らもめいめいの手をシッカリ握り合うのだ。まちがって死神や狐の手をつかまされないように、チョウチンの火のあるうちによーく改めて確めるがよい。火が消えてからは、どんなことがあっても手をはなしたり、握り変えたりしてはならぬ。ちょッとでも力をゆるめると、死神や狐の手にすりかえられてしまうから。いいか。シッカリ握ったな。それではチョウチンの火を消すぞ」
平作は顔を押し当てるようにしてチョウチンの火を吹き消した。にわかに馬小屋はくらやみとなり、ローソクのシンに残った小さな赤い一点だけがチョロ/\している。
「さて、これでよい。それでは云うが、死神と狐の両手両足は不二男の首と腰に肉の中までくいこんでいるから、放すこともできないし、死神と狐だけ殺すということもできない。三位一体のようなものだ。不二男を助けるために、不二男の身体
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