だけそのままにしておいて助けるというのが無理なのだ。心臓も首もそっくり重なって一ツになって息をしているのだから、どうしても一度は不二男の息をとめないと死神も狐も落すことができない。不二男の背から心臓のところをグッサリ突き刺す。短刀の刃先が心臓を突きぬいて向う側へとびでるまで突き刺さなければならない。こうして横に倒してから、次には不二男の首を斬り落す。一分でも皮がついてるようではいけない。スッパリと斬り落して胴体と首をバラバラにしなければならない。そうすると、死神と狐の首が落ちるのだ。こうすれば死神と狐を落すことができる。こうしなければ、ほかに落す方法はないのだ。どうだ。お前らにはそれが分らないか」
お加久が歯をガタガタふるわせながら、
「そうだ。そうだ。その通りだ。そうすれば死神と狐を落すことができる。どうしても、そうしなければ落すことができない。三ツ重ねておいて心臓をブッスリ刃の根本まで突き刺す。三ツの首を重ねておいて一ツに斬り落す。こうしなければならない。こうすれば必ず死神も狐も落ちるぞよ」
「そうだ。しかしな。人に見られると、どうにもならぬ。不二男を山におびきだして、誰も見ている人のない山奥でやらなければならない」
「そうだとも。オレは山の神の行者だから、山の神のお膝元へおびきよせてやらなければならぬぞ。日光の奥山がよい。日光へおびきよせてやらなければならぬぞ」
「そうだ。日光の男体山の奥山でやらなければならぬ。中宮祠の裏のずッと奥の沢へでて藪の中でやらねばならぬ。それをやるのは兵頭の役だが、兵頭はやることができるか」
「そうだ。そうだ。それをやるのは清の役だ。清はきっとやることができる。うしろから心臓をブッスリ突き刺して、首を斬り落すのだ。きっとやることができるぞよ」
兵頭も寒気と亢奮とで石のように堅くなってブルブルふるえていたが、こう云われると膝からガクガクとゆれはじめて、カチカチと時計のように歯を鳴らしながら、
「ハイ、オレが必ずやってみせます。オレも昔のオレではない。いまでは、神様を見ることも、声をきくこともできるようになりました。もう一とふんばりで、立派な行者になってみせます。不二男の死神と狐はオレがスッパリ落してみせます」
それをきくと平作は力一パイ二人の手を握りしめて波のように揺さぶりながら、
「ナム妙法蓮華経。ナム妙法蓮華経」
お題目を唱えはじめた。二人の狂信者がそれにつれて、ここをセンドと合唱しはじめたことは云うまでもない。
王様誕生
それから十日ほど後のことである。日光男体山の山中で心臓を刺され、首を斬り落されて死んでいる男が発見された。
一定の日でないと行者が通ることもない山だが、その日に限って里人がそこを通ったので、兇行の翌日に死体が発見された。これも一ツの幸運。
殺された男の懐中から一通の手紙がでてきたので、被害者の身許も分った。重ね重ねの幸運だ。被害者は云うまでもなく不二男。隣りの県の人間だ。この手紙が現れなければ、事件は永遠に解決されなかったであろう。
手紙はヒサからのもので、日光で待っているから来てほしい。迎えの人を馬返しにだしておくから、その人の案内通りに安心してついてきて欲しい。日光の山中でつもる話をして縁を結びたい、という味なことが書いてあった。
「すると、情痴の殺人か。それにしては、わざわざ首を斬り落すほどテイネイなことをしながら、懐中を改めないとはマヌケの犯人がいるものだ。常識では考えられないようなマヌケだね」
ところが日光からのレンラクで、小野刑事がヒサを取り押え、取り調べてみると、ヒサは当日他の場所にいたことが、多くの人々の証言もあってハッキリ分ったのである。
ヒサはそんな手紙は書いた覚えがないと云った。
「チョイト、旦那。この手紙は男の手だわね。女の手に似せるために、わざとヘナチョコに曲げて書いたのよ。私はね。カツギ屋渡世はしてますけどさ。これで書は小学校の時から然るべき先生について、書道の奥儀をきわめているんですからね。スズリと筆をかしてごらんな。水茎の跡を見せてあげるから」
書かせてみると、なるほど達筆、どこの姫君が書いたかと思うような能筆である。捜査はやり直しということになったが、被害者の身許は判明したし、証拠の手紙があるから、犯人の所在はきわめて限定されている。ヒサをめぐる男を洗って行けばよい。ところが、ヒサの情夫をしらべてみると、みんなアリバイがある。みんなカツギ屋のことだから、それぞれ当日の所在にはハッキリした証人があげられるのである。
小野刑事は考えた。
「そうだ。男を迎えにだすと書いてある。情夫が迎えにでるわけはないから、迎えにでた男というのは情夫のうちの誰でもない別の人間でなければならぬ」
駅へ行って調べてみると、そ
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