のあるこの村と、愛けうのある人々に甚大の好意を寄せてゐたので、もつとも素ぼくな、一種の宗教的衝動に基いてお辞儀に及んだと想定していただきたい。にやにやするのは私の悪癖で、神様の前でも、つひ笑ひだしてしまふのである。
ブルドックのやうに絶倫な精力をたたえた伯爵御母堂は、むろん会釈も返さずに、悠々と行き過ぎてしまはれたのである。
その頃、村の評判はもう大変であつた。偽物だといふ者もあれば、まさかと打ち消す人々も多い。威厳があるといふ人もある。甲論乙駁。思ひ案じて私の表情をうかゞふ人も多かつた。私はスフィンクスの無言と微笑をたゝえて、その間にゆう[#「ゆう」に傍点]玄な生活をしたことはいふまでもない。
ところが伯爵母堂は逐電した。ある朝、散歩に出かけたまゝ、戻らなかつた。乗合自動車で軽便鉄道の終点へ行き、ちよつと買物に来たやうなことを自動車の運転手にもらしておいて、実は東京へ逃れたらしい。もちろんつかまる当《あて》はない。
宿へ荷物を置き残したが、開けてみると全くガラクタがつめてあつた。それを又見やうといふので、宿の客、村の男、女、みんなわいわい集まつてくる。品物の一つ一つに批評する
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