さらずに、やり通さなければいけません。くさって、諦めて、投げてしまうのがいけないのです、と言われるたびに、なにを、つまらぬことを、私はあの人の良妻ぶったツマラナサを冷然と見くびるばかりであった。私はたゞ、むなしかったゞけである。なんとなくバカらしいような落胆を感じた。私は愛人に憐れまれていることの憤りを言うのではない。そのようなとき、彼女の盛名の虚しさを一途に嘲殺していたかも知れない。
それが彼女にひゞかぬワケはなかった。彼女は突然ヒステリックに言うのであった。
「私、女流作家然とみすぼらしい虚名なんかに安んじて、日本なんかにオダテラレ甘やかされていゝ気になっていたいなどゝ思ってはいないのです」
私はそのダシヌケなのに呆気にとられてしまう。然し、あの人の顔は血の気がひいて、とがり、こわばっているのであった。
「私が女学校をでてまもないころ、私に求婚した最初の人があったんです。私が求婚に応じてあげなかったものですから、私の住む日本にいるのが堪えられないと、今は満洲に放浪し、呑んだくれているのですけど、私のことを一生に一人の女だといって、世間の常識がどうあろうとも、自分の心には、妻だと
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