言いきっているのです。粗野で、狂暴で、テンカン持ちのように発作的な激情家で、呑んだくれですけど、その魂には澄みわたった光がこもっているのです。日本も、そして全てのものを捨てゝ、満洲へ、あの人のところへ、とんで行きたくなることがあります。あの方の胸には清らかな光が宿っているから」
 あなたの胸には、それがない。光もなければ、夢もない、陰鬱な退屈と、悪意の眼があるばかりである。そう語っているのであろうが、なにを、甘ッちょろい、私の心は波立ちもせず、退屈しきっているのみだ。
 然し、甘くない何物もある筈はない。存外にも、甘そうな見かけの物に、甚だ甘からざる何かゞあるもので、恋をする女の心、その眼の深さ冷めたさ鋭さは、表面の甘っちょろい反射本能的な言動などとは比較にならぬものがあるようだ。
 たとえばあの人は、私のことを、あなたは天才だからなどと言いながら、そんな見方に定着しない意地悪い鋭さで、無慙に現実的な観察を私の全部に行きとゞかせていたのだ。
 たとえば、私の無能力ということ、貧困ということ、世に容れられぬ天才の不遇などという甘い見方とは露交わらぬ冷酷な目で、私の今いる無能力と貧困の実相
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