をきびしく見つめていた。
 ありていに云えば、正体はむしろこうであったろう。
 あの人の本心が私のことをあなたは天才だからと云っているのではなく、私の虚栄深い企みの心が、オレは天才だから不遇で貧乏で怠け者なんだ、そうあの人に言わせようとしていたのだ。あの人はその私の虚栄のカラクリの不潔さに堪えがたいものがあったのだ。
 私は年が代ると、すぐ、松の内のすぎたばかりの頃であった思いがするが、母の住む家をでて、本郷のKホテルの屋根裏へ引越した。
 このホテルは戦災で焼けたということであるが、明治時代の古い木造の洋風三階建で、その上に三畳ぐらいの時計塔のようなものが頭をだしていた。私が借りて住んだのは、この時計塔であった。特別の細い階段を上るのだ。風が吹くと今にももぎれて落ちそうに揺れるから、風のおさまるまで友人の家へ避難するというような塔であった。
 私には母と一しょの日本の古い家という陰惨な生活がたえられなかったのであるが、も一つの大きな理由は、別れた女がくるかも知れぬ。その女に逢ってしまうと、私はまたズルズルと古いクサレ縁へひきこまれるに相違ないという予感があった。
 なぜなら、私は矢田
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