もない。
恋愛の情は同じ一つの狂気とは云え、あの人と私の心は同じものではなかった。
あの人の心については、私は色々に言うことができるが、そしてそのどの一つもたぶん違っていないと思うが、然し、すべてを言いきることは、むつかしい。
私の魂は荒廃し、すれ、獣類的ですらあったが、あの人は老成していた。それはなべて女のもつ性格の然らしめる当然であったようだ。
私はまったく無能力者であった。私の小説などは一年にいくつと金にならず、概ね零細な稿料であり、定収にちかいものといえば、都新聞の匿名批評ぐらいのもの、それとて二十円ぐらいのもので、あとは出版社や友人からの借金で、食わなくとも酒はのむというような生活であった。故郷の兄からも補助を仰いでおり、又、竹村書房からは、時々相当まとまった借金もしていた。苦心の借金も、すべてこれを酒に費したと見て間違いない。
矢田津世子はそのころすでにかなり盛名をはせていたが、その作品は私を敬服せしめるものではなかったので、私は矢田津世子との再会によって、むしろ発奮の心を失ってしまったようだ。
矢田津世子に、あなたは天才ですから、威張って、意地を張り通して、く
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