があったから、我々が我々の最も重大なことにふれる日だということを、私はすでに知っていたに相違ない。
 私が最も驚いたのは、一と言だけ怒鳴って、という、怒鳴って、という表現だった。あの人が通常使う言葉ではない。そこには気違いじみた殺気があった。私はあの人がすこし狂ったのじゃないかと思った。
 あの人は目をとじていた。言うべきことを言ったのだ。そして、扉をしめて立ち去らずに、なお私の前にいるだけのことである。
 こうなれば、私自身の言うべきことも、たゞ一つしかないだけのことだ。私は然し、あの人のように一途に決意をこめてはおらず、余裕があったので、愛とか恋という言葉の表現や発音が、間の抜けたバカげたものになりはしないか、気がゝりで、言葉の選択と表現法に長くこだわる時間がすぎた。
「僕もあなたを愛していました。四年間、気違いのように、思いつづけていたのです。この部屋で、四年前、あなたが訪ねてこられた日から気違いのようなものでした。いわばそれから、あなたのことばかり思いつめていたようなものです」
 私がこう言い終ると、あの人がスックと立ち上ったように思ったが、実際は、あの人が顔を上げたゞけなのだ
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