」の女と別れる時には、私はどうしてもこの狂気の処置をつけなければならないことを決意していたのである。求婚の形でか、より激しく狂気の形でか、強姦の形でか、とにかく何か一つの処置がなければならぬことだけは信じていた。
矢田津世子も、たぶん、そうであったらしい。二人は別々に離れて、同じような悲しい狂気に身悶えていたらしい。
あの人が訪ねてきたとき、私はちょうど、玄関の隣りの茶の間に一人で坐っていた。そして私が取次にでた。
あの人は青ざめて、私を睨んで立っていた。無言であった。睨みつづけることしか、できないようであった。私の方から、お上りなさい、と言葉をかけた。
テーブルをはさんで椅子にかけて、二人は睨みあっていた。
私は私のヒゲヅラが気にかゝっていたのを忘れない。その私にくらべれば、矢田さんは一つのことしか思いこんでいなかったようだ。やがて私をハッキリと、ひときわ睨みすくめて、言った。
「私はあなたのお顔を見たら、一と言だけ怒鳴って、扉をしめて、すぐ立去るつもりでした。私はあなたを愛しています、と、その一と言だけ」
私はそう驚きもしなかったようだ。はじめから、もう、たゞならぬもの
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