いっていた。M氏の下宿の窓から矢田さんの部屋の窓をうつしたもので、屋根と窓と空があるばかりの写真であった。
 矢田さんが私の何年かの動勢を手にとるごとく知っていたのはムリがない。あのアパートの私の部屋は管理人室の向いにあった。そこへ毎日、女が通っていた。M氏は私の動勢を、私がたとえば友人には秘密のことまで知っていたに相違ない。そしてそれはすべて矢田さんに語り伝えられていたであろう。
 私はその三年間、あの人のことを思いつめていたのだ。そう云ってしまえば、たしかにそうだ。私の感情はあの人をめぐって狂っていた。恋愛というものは、いわば一つの狂気であろう。私の心にすむあの人の姿が遠く離れゝば離れるほど、私の狂気は深まっていた。
 私はあの人をこの世で最も不潔な魂の、不潔な肉体の人だという風に考える。そう考え、それを信じきらずにはいられなくなるのであった。
 そして、その不潔な人をさらに卑しめ辱しめるために、最も高貴な一人の女を空想しようと考える。すると、それも、いつしか矢田津世子になっている。気違いめいたこの相剋は、平凡な日常生活の思わぬところへ別の形で現れてもいた。
 そして私が「いづこへ
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