二天アパートで、その後者にあなたが居られることを知ったわけです。
管理人からあなたの御噂をきいたきり、当時の私は怖しくて、御逢いすることが出来ませんでした。その管理人は、あなたに就て、非常に私を怖れさせることを申しますので、いくども御部屋の前でたゝずみながら、断念して戻りました。(中略)
それから十年、終戦後の御作を読むうち、「戯作について」の日記の記事に、茫然と致したのです。
あのころの私は毎日のように矢田さんをお訪ね致しておりました。矢田さんの寛大な心に甘えて、私はダダッ子のように黙って坐って、あの方の放心とも物思いともつかぬ寂しい顔や、複雑な微笑の翳を目にとめて、私は泌《し》みるような澄んだ思いになるのでした。矢田さんは、寂しい人です。どうして、こんなに寂しい人なのだろう、美貌と才気にめぐまれたこの人の心をあたゝめる何物もないのだろうか、私はいつも自問自答していたのです。
あなたと矢田さんが、あのような関係にあったとは! 矢田さんにも幸福な時があったんだ、私は当時を追憶して、思いは切なく澄むばかりです。(下略)
手紙の中に同封して、何かのお役に立てば、と、写真が一枚は
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