りがないのである。この不思議は十二年間私の頭にからみついて放れなかった。私が真相を知り得たのは去年の春のことであった。
山口県のMという未知の人から、私は突然手紙をもらった。次のようなものである。
突然お手紙を差上げます。その前に、たゞ今不用意に突然と書きましたが、私に致しますと、あなたにお手紙差上げますのは、十年来の願いでありますので、その訳を一言のべさせていただきます。
昭和十年ごろ(そのころ私は早稲田の第二学院の生徒でした)下落合の矢田津世子さんのお宅で雑誌「作品」の御作拝見しました。たしか、いくつも拝見させていたゞきましたが、その中で題名を記憶していますのは「淫者山に入る」という作品だけでございます。然し、題を忘れたと申しましても、その時の私の印象の強烈さは、とうてい今申し上げても御信じにならないほどでありました。少しキザな表現ですが、戸塚附近の散歩に、あなたのお名前をくりかえして歩いていたこともございます。
ちょうどそのころ、偶然あなたが私の同郷の知人の所有のアパートに棲んでいらっしゃることを知りました。私の知人とは、佐川という人で、アパートは大森堤方のみどり荘と十
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