目まで濁る。陰鬱で、邪悪だ。
そのくせ不精な私は、却々《なかなか》ヒゲを剃ることができない。私のヒゲはかたいので、タオルでむす必要があるから、それが煩しいのである。仕事をしながら頬杖をつくと、掌にヒゲが当る。すると私は不愉快になり、濁った暗い目を想像して居たゝまらなくなるのであるが、不精な私はそれをどうすることもできない。鏡を見ないように努め、思いださないように努める。
私は「いづこへ」の女とズルズルベッタリの生活から別れて帰ってきたのであった。母の住む蒲田の家へ。「いづこへ」の女と私は女の良人の追跡をのがれて逃げまわり、最後に、浦和の駅の近くのアパートに落付いた。そこで私たちはハッキリ別れをつけて、私はいったん私のもと居た大森のアパートへ戻って始末をつけて、母の家へ戻ったのだ。
すると、その三日目か四日目ぐらいに、あの人が訪ねてきたのだ。四年ぶりのことである。母の家へ戻ったことを、遠方から透視していたようであった。常に見まもり、そして帰宅を待ちかねて、やってきたのだ。別れたばかりの女のことも知りぬいていた。
私はいったい、なぜだろうかと疑った。あの人に私の動勢を伝える人の心当
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