たに相違ない。
 私たちは、三十分か、長くて一時間ぐらい対座して、たったそれだけで、十年も睨みあったように、疲れきっていた。別れぎわの二人の顔は、私は私の顔を見ることは出来ないけれども、あなたのヒドイ疲れ方にくらべて、それ以下であったとは思わない。あなたはお婆さんになったように、やつれ、黙りこみ、円タクにのって、その車が走りだすとき、鉛色の目で私を見つめて、もう我慢ができないように、目をとじて、去ってしまう。
 別れたあとでは、二十七のあのころと同じように、苦痛であった。然し、対座している最中の疲れは、さらにヒドイものであった。会うたびに、私たちは、別れることを急いだものだ。

          ★

 矢田津世子と最後に会った日は、あの日である。たそがれに別れたのだが、あのときはまだ雪は降っていなかったようだ。
 その日は速達か何かで、御馳走したいから二時だか三時だか、帝大前のフランス料理店へ来てくれという、そこで食事をして、私は少し酒をのんだ。薄暗い料理屋であった。
 私は決して酔っていなかった。その日は、速達をもらった時から、私は決意していたのである。
 私は、矢田津世子に暴力
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