た。そんな努力を払ったのは、後にも先にも、私一人に対してゞあったかも知れない。然し、努力であったことに変りはない。そうしながら、あなたは、私を憎み、卑しみ、蔑んでいたのである。変なくずれた甘さを見せかけるために、あなたの憎しみや卑しめや蔑みは、狂的に醗酵して、私の胸をめがけて食いこんでいた。
 あなたとても、同じことであったろう。然し、私はあなたを天才だなどとは言わなかった。才媛とすらも言わなかった。私には、余裕がなかった。然し、あなたを唯一の思いつめた恋人であるということは、たしかに言った。全ての心をあげて、叫ぶように言った。たしかに、そうだと信じていたのだから。そのくせ、それを叫ぶ瞬間には、私はいつもそれがニセモノであることに気がついて、まごつき、混乱し、その間の悪さ、恰好のつかなさ、空虚さに、ゲンナリしてしまったものだ。その間の悪さは、何か私が色魔で、現にあなたをタブラカシつつあるように、私自身に思わせたりしたが、それはつまり私が役者でなかったせいで、あらゆる余裕がなかったせいに外ならない。然し、それがあなたに与えた打撃は、ひどかったに相違ない。あなたは、私に、最も大きな辱しめを
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