。その繰返しは、私の意識せざるところから、おのずから動きだしていたものであるが、それが今日の私に何を与えたであろうか。私には分らない。恐らく私の得たものは、今日あるもの、そして、今書きつゝあること、今書かれつゝあるこのことを、それと思うべきであるのかも知れない。
私は然し、今日、私がこのように平静でありうるのも、矢田津世子がすでに死んだからだと信ぜざるを得ないのである。
思えば、人の心は幼稚なものであるが、理窟では分りきったことが、現実ではママならないのが、その愚を知りながら、どうすることもできないものであるらしい。
矢田津世子が生きている限り、夢と現実との距りは、現実的には整理しきれず、そのいずれかの死に至るまで、私の迷いは鎮まる時が有り得なかったと思われる。
矢田津世子よ。あなたはウヌボレの強い女であった。あなたは私を天才であるかのようなことを言いつゞけた。そのくせ、あなたは、あなたの意地わるい目は、最も世俗的なところから、私を卑しめ、蔑んでいた。
又、あなたは私が恋人であるように、唯一の良人たる人であるように、くずれたような甘い言葉や甘い身のコナシを見せようと努力してい
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