、現実のこの人との歴然たる距《へだた》りに混乱しつゝも、最も意地わるくこの人の女体を見すくめていた。
 矢田津世子も、彼女の夢に育てられた私と、現実の私との距りの発見に、私以上に虚をつかれ、度を失い、収拾すべからざるものがあったのではないかと私は思う。矢田津世子が何事を通してそのような大人になったか、私には分らぬけれども、彼女が私の現身《うつしみ》に見出し、見すくめ、意地わるくその底までもシャブリつゞけていたものは、私が見つめていた彼女の女体よりも、もっと俗世的な、救いのないものではなかったかと私は思った。その当時から、そう思っていた。
 さきに私は、当時の私を生かすもの、ともかく私の生命の火の如きものが、勝敗であったと云った。思うに私は少年の頃から、勝利を敗北の形で自覚しようとする無意識な偏向があったようだ。
 私はすでに二十の年から、最も屡々《しばしば》世を捨てることを考え、坊主になろうとし、そしてそのような生き方が不純なものであると悟って文学に志しても、私が近親を感じるものは落伍者の文学であり、私のアコガレの一つは落伍者であった。
 私は恋愛に於ても、同じことを繰返したようである
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