の全部にこもって、事々に、あの人の女体を嗅ぎだし、これもあの女に似てるじゃないか、それもあの女と同じじゃないか、私は女体の発見に追いつめられ、苦悶した。
そのくせ、二十七の矢田津世子はむしろ軽薄みだらであり、三十の矢田津世子は、緊張し、余裕がなかったのだ。
二十七の矢田津世子は、私に二人だけの旅行をうながし、二人だけで上高地をブラブラしたいとか、尾瀬沼へ行ってみたい、などと頻りに誘ったものである。それは時が夏でもあったが、薄い短い服をきて、腕も素足もあらわに、私はそれを正視するに堪えなかったものである。然し、当時のあの人はむしろ無邪気であったのだろう。
三十の矢田津世子は武装していた。二人で旅行したいなどとは言わなかった。私も言わなかった。二十七の私たちは、愛情の告白はできなかったが、向いあっているだけで安らかであり、甘い夢があった。三十の私たちは、のッぴきならぬ愛情を告白しあい、武装して、睨み合っているだけで、身動きすらもできない有様であった。
私も、あの人も、大人になっていたのだ。私は「いづこへ」の女との二年間の生活で、その女を通して矢田津世子の女体を知り、夢の中のあの人と
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