独者の夢想ぐらいはあるだろう。
 だが、すべては、私のワガママであったと思う。私は卑屈であり、卑劣であったが、思い上っていたのである。
 私があるとき談話の中で「女」という言葉を使ったとき、「女の人」と仰有い、とあなたは言った。私はヘドモドして、えゝ、ハア、女の人、うわずって言い直して、あやまったりしたが、私は然し、口惜しさで、あなたを軽蔑しきっていた。
 つまり私が、知り合いのさる女人をさして、その女が、と云った。すると矢田津世子は、その女の人と仰有い、と言うのだ。私の言葉づかいは粗暴無礼であるが、その女が、その女の人に変ったところで、その上品が何ものだというのであろう。
 イヤらしい通俗性、イヤらしい虚栄、それがあなたのマガイのない姿なのだ。そしてそれが、単に虚名をもたないばかりで、時計塔の住人を猿のようなミジメなものに考えさせているのだ。
 私は然し、その後の数年、物を書くとき、気がゝりで困ったものだ。その女、ではいけなくて、その女の人でなければならぬような、デリカシイのない言葉づかいをウッカリやらかしていないかと気がゝりで困ったのだ。
 そして私は、あさましいことに、女という字
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